平沼:ちょっとだけ、余談を聞かせて下さい。学生が、難波先生の影響をうけて、ベッドタウンのなかに住宅を設計せよっていう課題を出した場合に、そういう論理でこられたらどうご批評されますか。

難波:当然、真似するんじゃない、といいますね。

平沼:ハハハハ。

芦澤:やっぱり。ハハハハ。

難波:確かに、最近は「箱の家」によく似た住宅をたくさん見かけるようになりました。真似しやすいんでしょうね。でも、どれも皆ヘタクソだと思います。肝心なところのデザインの切れが悪い。だから真似は意外に難しいのです。

平沼:他分野から影響を受けられることってありますか?

難波:先ほど言ったように、第一はカントです。彼からは、何らかの図式を当てはめる方法を学びました。レヴィ=ストロースもそうだし、日本人だと柄谷行人でしょうか。僕より下の世代は皆そうでしょうが、文章を書くように、建築をデザインする。短い文章を畳み掛けるようにデザインしていく。余計な物を付加しないデザインです。

平沼:あと、池辺先生の話をいただいたんですけど、建築家の中で影響を受けられた方はいますか?

難波:まずは池辺陽です。次に、建築に対する目を開いてくれた丹下健三がそうだし、もう一人決定的な建築家は、菊竹清訓です。菊竹の出雲大社庁舎や東光園を見たときには、腰が抜けるくらいびっくりしました。伊東豊雄さんもいっていますが、菊竹は間違いなく狂気の建築家です。外国の建築家だと、アンドレア・パッラーディオ。ヴェネチア近郊のヴィラはちょっと「箱の家」に似ている。最近では、レム・コールハースも凄い思います。一時は、技術的表現を追求するハイテック派、とくにノーマン・フォスターに興味がありましたが、4層構造的に見ると、コールハースの扱っている変数の数の方が断然多い。フォスターはエンジニアリングと社会性ですが、コールハースは記号性の次元が違います。決定的なのは、シュールレアリスムを建築に持ち込んでいる点です。サルバドール・ダリのパラノイド・クリティカル・メソッド(偏執症的=批判的方法)を建築に持ち込んだのは彼だけでしょう。芦澤さんにも少しそういう所がありますね。意識的にではないのでしょうが。

芦澤:はい。そうですね、意識的にならないといけないと思います。

難波:日本の建築家だと北川原温さんがそうですが、彼の場合も無意識な感性だから、コールハースとは決定的に違います。ともかく扱っている変数が、通常の建築家よりも格段に多い点に感心します。

芦澤:難波先生はそういう意味では、変数はある程度もう、限定してる、意図的に限定している感じですか?

難波:そうですね。だからコールハース建築の面白さも分かります。デザインの説明もできます。除外した変数をもう一度引き出せばいいわけだから。去年、コールハースの評伝を翻訳出版しました。なぜ難波がと思われるかもしれないけれど、彼が扱っている変数のほとんどを理解できるからです。

芦澤:もう少しすると変数を増やしてみようとかっていうご予定はありますか?

難波:いや、ありません。年をとると、抑え込んでいた変数が無意識的に出てくるかもしれませんが、意識的であるうちは出てこないでしょう。

>>続きへ


| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | NEXT