平沼:ありがとうございます。ではプロジェクトのお話をお願いします。

難波:まず、僕の建築観をまとめた「建築の4層構造」の話から始めます。建築には4つの層があります。第1層は物理的な層、どんな材料で、どんな構造や構法でできているかという側面です。第2層は、どんなエネルギーを使い、照度や気温や湿度や換気など室内環境をどうするかという側面です。この層は第1層の物理性とは独立してチェックできます。第3層は機能性、実用性や用途の側面です。何に使い、どれだけの広さで、動線はどうかどういう平面計画ですね。この層も物理性やエネルギー性とは独立しています。最後の第4層は、記号性つまり形や空間の側面です。形や空間は、材料やエネルギーや用途とは独立した記号として捉えることができます。建築は4つの独立した層の重なりで、4層を結びつけ統合する作業が建築のデザインだという考え方です。4層は僕が勝手につくったカテゴリーではなく、ローマ時代のウィトルウィウスの『建築論』の考えに基づいています。ウィトルウィウスは、建築には用、美、強の3つの要素があるといってます。用は実用性。美は美しさ、つまり形です。槇文彦さんは「喜び」とも言っています。強は強度、耐久性です。これに現代の大きな課題であるエネルギーを加えたのが「建築の4層構造」です。4層は近代建築のコンセプトですが、同時に大学の建築学科の研究コースにもなっています。第1層は構造・構法・材料学、第2層は環境・設備学、第3層は建築計画学、第4層は歴史・意匠学です。あまり知られていないことですが、4層の研究部門すべてが建築学科に備わっているのは日本の大学だけです。アメリカやヨーロッパはもちろん、中国、ベトナム、東南アジアの大学でも、4つのコースをすべて備えた建築学科はありません。そのようになったことには歴史的な理由があるのですが、話が長くなるので省きます。
4つの層をデザイン・プロセスに展開したのが4層構造のマトリックスです。それぞれの層に、デザインの与条件やプログラムがあり、それを解決する手段としての技術があり、近代建築では考慮されていなかった時間と歴史の視点があり、そこから現代のサステイナブル・デザインのテーマが導き出されるというマトリクスです。これから紹介する「箱の家シリーズ」は、この4層構造のマトリクスに基づいて設計されています。「建築の4層構造」の詳しい説明は、『進化する箱---箱の家の20年』(TOTO出版 2015)を参照してください。
まず紹介するのは「箱の家」の1番です。1995年に完成しました。阪神大震災があった年です。すごくローコストで、間仕切りはほとんどなく、外に対して開いています。この住宅のコンセプトを4層に分けると、第1層では、骨組が3種類で、仕上げ材料の種類は少なく、メンテナンスフリーの材料で、構法が標準化されています。第2層は断面図で、光、風、熱を表現しています。赤い斜線は夏至と冬至の太陽高度です。夏至の日射は決して室内には入らないけれど、冬至の日射は奥の部屋まで入リます。冬至の太陽高度は10分の6で、住居専用地域の北側斜線はこれで決まっている。吹抜けがあるので床暖房しています。第3層の平面図では、ほとんど一室空間であることがわかリマす。一室空間住居は「箱の家」中心コンセプトです。第4層のアクソメ図では、箱型デザインであることがわかります。五間つまり9m角の単純な箱です。同じ面積であれば、正方形が一番外壁の長さが短い。外壁の長さが短いことは、材料が少なくて済むし、熱負荷も小さいわけです。
これは僕の師匠である池辺陽が1950年に作った立体最小限住居です。これを真似たわけではありませんが、「箱の家」は終戦直後に建築家が設計した住宅に似ています。増沢洵の自邸「九坪住宅」は、一回り小さいけれど、空間的には「箱の家」そっくりです。なぜなのか調べてみると、単にデザインが似ているだけではなく、社会状況が似ていることがわかりました。1950年に住宅金融公庫制度ができて一戸建て住宅が建て始められた時、ほとんどの建築家が、核家族のための一室空間住宅を提案しています。池辺や増沢だけでなく、清家清や丹下健三も同じです。当時の戦後復興の社会状況と1990年代後半のバブルが弾けた時代の社会状況が少し似ているのです。山本理顕さんが指摘していますが、1990年代の住宅の見直しは、70年代から80年代にかけての家族の分化と解体に対応して、住宅の規模が大きく部屋数も増えていったことに対する反動なのです。もちろん一般的ではありませんが「箱の家」のクライアントは、家族の解体に対する危機感を持ってる人たちです。1950年代は前向きの一室空間だったけど、90年代は逆向きの一室空間で、同じような一室空間住居が生まれたと僕は考えています。この状態がいつまでも続くとは、もちろん思っていません。考え直すべき時期がいずれは来るとは思いますが、ここ20年間は「箱の家」作り続けてきたわけです。
これは「箱の家」の10番です。二世帯住宅で、1階に両親夫婦、2階に核家族3人家族が住んでいる。プロポーションや部屋の配置は違うけれども、同じデザイン・ボキャブラリーと構法で設計しています。これが完成した時に、「箱の家」のコンセプトを展開できると確信したことを記憶しています。

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