芦澤 : では、次の作品にいきましょうか。砥用町林業総合センターですね。

西沢 : はい。これは「くまもとアートポリス事業」のひとつです。場所は熊本にある砥用町という林業の町ですが、設計を始めたのが2002年ですから10年前くらいです。当時、砥用町は林業と関係のない隣町に吸収合併されてしまうことが政治決定されたときでした。町の方々は、砥用町という名前も消えてしまうし、ここに林業で栄えた町があったことが将来世代にとってわからなくなってしまうということを心配しておられました。それで町長さんが、熊本県に出向いてこられて、世界中のどこにもない木造建築をつくれる人を紹介してくれとおっしゃったんですね。そういう木造建築をつくっておけば、ここに林業で栄えた町があったことが将来世代にも伝わるはずだと。それでなぜか僕が伊東さんに呼ばれて、「お前やれ」っていうことになりました。

芦澤 : なるほど。

西沢 : 敷地は山に囲まれた丘です。砥用町に入って最初に見える丘です。ふもとの国道からこういう角度で見えます。最初に敷地にいったとき、この敷地に世界初の木造建築をつくるにはどういう感じが良いかを考えて、丘の上に森の茂みのような立体が材木でつくられていたら、面白いのではないかと考えました。国道から見ると、ガラスのキューブの向こうにそういう木の構造体が見えるようになっています。

芦澤 : なるほど。これは構造体になってるんですよね?

西沢 : ええ。厳密に言えば木と軽量鉄骨の混構造です。屋内側に木があって、屋外側に軽量鉄骨があります。軽量鉄骨は1m間隔に立っていて、軸力だけを負担する細い柱です。木は45度方向の格子柱で、横力を負担するブレースです。両者は各交点で緊結されています。軽量鉄骨は木によって座屈を拘束されているので、メンバーはものすごく細いです。軽量鉄骨のメンバーは6cm×6cm、木のメンバーは120cm×210cmです。

平沼 : 構造の設計はどなたですか?

西沢 : アラップです。

芦澤 : こう見ると、ほんとに不思議な自然物がぼこんとあるような。

平沼 : 熊本に行ったときに、見に行きました。朝だったのですが。

西沢 : 夕方がいいんですけどね。だいたい砥用町の方々は林業の仕事をしてるので、昼間は森や工場におられて、夕方からこの体育館を使います。バレーボールが盛んな町で,ほとんど毎晩練習に使われています。そのかわり、昼間は誰もいませんけれど。

芦澤 : 一見ランダムにも見えるんですけど、なにかジオメトリがあるんですか?

西沢 : もちろんあります。屋根の架構も説明します?ちょっと自慢させていただきますと、川口衛先生が見に来られて、絶賛してました。史上初のアイデアが2、3個あるので。

芦澤 : ぜひ聞きたいです。

西沢 : ではスライドを見ながら。これは屋根の架構模型ですけれど、白いグリットと茶色のグリッドが見えますが、白いグリッドが屋根の最上層レベルにある構造体です。素材は軽量スチールで、メンバーはさきほどの壁の柱と同じ、6cm角の角パイプです。グリッドの大きさは2m四方です。その真下のレベルに、茶色のグリッドがあります。素材は地元の木材です(杉)。木のグリッドは、軽量スチールのグリッドにたいして、平面的に45度振ってあります。ちなみにトラス通りは赤いラインで示したところで、合計8通りあって、全部で8本のトラスがあります。一般にトラスというのは下弦材+束材+上弦材という3つのパーツからできていますが、この8本のトラスの場合、下弦材とV字束が木で、上弦材がスチールです。ただし、上弦材は直線材ではなくて、2m四方の正方形を対角線上に連続させた状態になっています。そうすると、8本のトラスは上弦材を共有している状態になるので、お互いに支え合う関係になります。8本のトラスは、各交点でトラス背が変化します。スパンは22m。で、例えばある交点のトラス背をものすごく小さくすると、剛性が弱くなるので、通常であれば座屈してしまうんですが、この場合は他のトラスの交点のトラス背をものすごく大きくすれば、剛性が強くなって他の弱い箇所も支えてくれるという関係になります。つまり、ものすごく強い箇所と弱い箇所を同時につくれば、上弦材で力のやりとりができるので、互いに支え合ってくれるというわけです。アラップが応力グラフを描いてくれたんですが、ものすごく面白かったです。強い箇所と弱い箇所がマダラ状になっていて。あんな応力グラフははじめて見ました。

芦澤 : なるほど。

西沢 : 架構と屋内スペースとの関係を言うと、トラスの背が小さいところは直下の天井高が大きくなり、背が大きいところは直下の天井高が小さくなります。この建物は基本的に3部屋あるんですが(運動室1つと会議室2つ)、天井高がほしい箇所は、バレーボールをする運動室の中央付近、それと会議室の中央付近です。逆に天井高がいらない箇所は、それぞれの部屋の外周部、および部屋どおしの狭間付近です。なので、後者のトラス背を3m弱くらいまで大きくして、前者の部屋中央部では限界まで小さくしています。そうやって全体を構成しているんですね。

芦澤 : なるほど。

西沢 : 屋内写真でいうと、このV字束のあるところがトラス通りです。

平沼 : あっ、なるほど。

西沢 : トラスに囲まれた部分は、トラスではなくて、木の単純梁です。単純梁には垂直の束材を立てていて、最上層の軽量スチールを支えています。というわけで、この架構を室内側から見上げると、上空に3つのピークが見えますが、それは直下に3つのお部屋があるからだというわけですね。

芦澤 : だいたいいつも、構造までご自身で考えられるんですか?

西沢 : 考えます。構造についても設備についても、わりとうるさい方だと思います。ただ、部材をスレンダーにしてほしいというようなことではなくて、構造の思想についてウルサイです。基本的に近代建築の常識の半分くらいは認めていないので、構造家の方は、最初はちょっと戸惑うと思います。

芦澤 : 構造家はもう、

西沢 : ただ、みなさん慣れてくると、エレガントにさばいてくださるようになるんですよねぇ。笑。

芦澤 : さばく。笑

西沢 : さばかれてます。笑
この体育館のケースで言うと、僕が架構模型をいくつもつくって、ああでもないこうでもないとやっているうちに、アラップさんが専用の計算プログラムを開発して、各交点のトラス背を変更するとどこが成立しなくなるかというのを一目でわかるようにしてくれたんですよね。それでようやく案が終息していきました。そうやってエレガントにさばかれているわけです。笑

芦澤 : なるほど。

西沢 : 僕がこだわっていたのは、さっきも言いかけたんですが、この体育館のように構造をメインに見せなければならなくなったとき、何を表現するべきか、ということでした。だいたいモダニズムの構造というのは、スパンしか表現してないと思うんですよね。モダニズムの構造は、うちは30mスパンを実現しました、うちは50mです、うちは80mなのにこんなにスレンダーです、みたいな感じですね。あるいは構造表現主義になると、スパンというよりシェルとかカテナリーとかを表現することになりますけれど、力学自体を表現しているという点では、変わらないんですよね。ですから、どちらにしても、建物の内容はどうでもよくなってしまう。つまり体育館であろうが博物館であろうが同じ構造になってしまうとか、敷地が山の中だろうが都心であろうが同じ構造になってしまう。そんなことしちゃダメだと思うんです。この体育館の場合は、体育館ということは表現できていませんけれど、少なくとも3部屋ある施設だということは、表現できているんですね。

芦澤 : なるほどなるほど。

西沢 : だから一歩前進。笑
まあ、見方によっては一歩後退なのかもしれないけど、前か後ろかはわからないけど、なんか動いてはいるわけです。笑

芦澤 : はい。笑

西沢 : 僕としては、建物の構造はもうちょっと、環境や用途に反応してほしいと思うんです。もっと柔軟になってほしい。そういうミクロな問題に追随してくれる力学の方が、現代的だと思ってるんですね。

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