千葉:次は、大多喜町役場という大変小さな仕事です。千葉県の房総半島に大多喜町という小さな街があって、そこにある古い役場を耐震改修して増築をするという計画です。これもコンペでした。元々の建物は今井兼次さんの設計で1959年に竣工した、まさにモダニズム絶頂期の建築です。これはコンペの1次で出した図面ですけど、これ改めて見ると、プレゼンもうちょっと頑張らないといけない感じですね。
芦澤:これもあれですか?ギリギリまで粘られた?
千葉:これもそうですね、相当土壇場まで。でも、このコンペはむちゃくちゃなコンペで、1次、2次、ヒアリングとあって、それがもの凄い長丁場で。確か12月に要項が発表になって3月に1次の発表があって、その後2次が4月か5月にあってと、半年くらいやっているコンペだったもので、とれなかったら事務所が潰れるなっていうくらい大変なコンペでした。でも僕たちにとっては、それは逆に良かったというか、どんどん案を変えていく方なので、1次ではここだけ提案しようという具合に、毎回テーマを絞っていたように思います。提案は、旧庁舎を改修をして、奥に新しく増築をするというものです。今井さんの旧庁舎はこのようにモダニズム建築一色ですね。こういうコンクリートのフレームがずっと繋がっている、非常にニュートラルな空間です。ただその一方で、今井さんは日本にアントニオ・ガウディを初めて紹介した人ですから、やはりガウディの影響を強く受けていて、良く良く見ると合理的とはいえない点も多々ある。例えばキャノピーの梁はS字型にうねっていて、ここに柱がないんですね。構造的に見たら決して合理的とは言えない。案の定、竣工当初はいろいろ問題もあったようです。竣工直後に建て直した形跡もある。そのくらい自由な造形が展開しているんですけど、でも、それが凄く魅力的なんですね。だから、その近代の合理性と共存している手仕事的な象徴性を一緒に汲み取った建築をできないかなと考えたんです。
小さな町だと、町民は何かにつけて役場にやってくるんですね。それで皆が集まることのできる大きな屋根をつくろうと考えました。ちょうど桜の木の下で花見するみたいに。その屋根が自然現象を反映することで、今井さんの持っていた象徴性を形態としてではなくて、自然現象として引き継ごうと考えたんです。もう一つは街並みのことです。この町には江戸時代からの町家が残っていて、それとの関係を考えていくことも重要だったんですね。少しだけ設計プロセスを紹介しますが、最初の頃はこういう案でした。大多喜町の紋章が五角形の形をしてるんですね。その美しさに惹かれて、それで屋根をつくろうと考えました。五角形の隙間をトップライトにしてそこから光が落ちてくるようなイメージです。今井さんらしさが、直接的な形態的象徴性に繋がっていた。構造設計は新谷眞人さんにお願いしたのですが、新谷さんに見せたら、五角形はうまく繋がらないよ、みたいなことを言われてあんまり相手にしてくれなかった。確かに五角形は難しい。そこで無理やり繋げていったら変な有機的な形になってしまって。でも、これでもギリギリ大多喜町ってわかるかなと思ってまた見せたら、こんな有機的な形を鉄骨で作ったら、お金が掛かりすぎるでしょうと新谷さんに一蹴されて。それで僕たちはしぶとく、梁を全部直線にして、それが重なって五角形が浮かび上がってくるのならいいんじゃないかとまた見せた。そしたら、こんなにたくさん梁いらないって言われて、なら壁に使うのは?って言ったらますます意味が無いと言われて、でもそのプロセスは意外と良かったんですね。この時に壁に五角形を持ち込んだことがきっかけで屋根に適当に貼りを架けてみた。その時に、梁が重なるだけでも、もしかしたら僕たちが元々考えていた大きな屋根に木漏れ日が柔らかく入ってくるようなものが実現できるんじゃないかと。そこからはひたすら、梁がどう重なると良いのかということのスタディを続けて、最終案はこうなりました。これで良いと思ったのは、今井さんの建物の一方向に並ぶ単純なフレームが二次元に展開したものにも見えるし、空間としても、リニアな物と面的な広がりを持ったものが相互に補完できそうだと。それからもう一つは、さっきの町家に改めて入ってみると、日本の建築は何処もそうですが、屋根裏空間が重要で、こういう格子梁もあったりする。それにどこか通じるなと思ったんです。これは、今井さんと僕達の対話としてもありえる姿だと思ったし、古い町屋との体験としての連続性も構築できるのではないかと思って、それで最終案にしたのです。
芦澤:RCですか?鉄骨ですか?
千葉:鉄骨です。
このあと改修取り掛かるんですが、本当は改修もすごく面白いプロセスでしたけど、写真にするとすごく地味で伝わらないことも多々あって、今回は改修のお話は割愛させてもらいます。
平沼:なんかやっぱ、オタクですよね。ふふふ、面白いなと。
芦澤:素材はあんまりこだわり無い感じですか。
千葉:あんまり無いかもしれないですね。さっきの大多喜町役場は、鉄骨の梁に塗装、それから鉄板に溶融亜鉛メッキを施したものなど、素材をそのまま使っています。ありふれた素材でも、空間そのものの魅力にとっては、あまり重要ではないかなと思っているところがありますね。。 |