藤村:そういう考えをもってその後展開していったのが、鶴ヶ島市やさいたま市での「ソーシャルデザイン・プロジェクト」です。鶴ヶ島市は埼玉の郊外の、私の育ったところのさらにちょっと外にある街ですが、1960年代に集中して開発されてからだいぶ経って築年数もだいぶ経っているようなところです。
鶴ヶ島市では施設の建設予算はかつて年間40億円くらいあって、福祉関連の予算が6億円くらいだったんですけど、2004年に19億ずつで並んじゃって、2011年には逆転してしまうんですね。今は穴が開いたら直すとか、そういうレベルの建設費しかない。人口が減少している訳じゃないんですが、急速に高齢化が進んでいるんです。建設関連の予算と福祉関連の予算はこの10年くらいで逆転しているので、つい最近の事ですね。市民もまだまだ施設をつくってもらえると思っているし、市の職員でもそうですね。そういう現実っていうのが郊外で急速に起こっている事なんてまだそれほど知られていない。
こういう事を僕も遅ればせながら知るようになって、それを解決するために大学の課題をやったらいいのではないかと。それが「鶴ヶ島プロジェクト」です。
実際に、学校を廃止しますとか隣の学校と統合しますと行政が公にいきなり言うと反対されてしまうかも知れないんですけども、大学の課題という事であれば架空の設定ということになるので、それだったらいいか、となる訳です。エスキスも大学の中だけでやるのではなくて、空き教室でのパブリック・ミーティングに地域の人達を招いて住民投票してもらって進めました。予備投票で選ばれた人がテーブルに進んでさらに説明して、意見交換して、最終投票するっていうのを2週間に1回、合計5回やりました。
学生の設計課題に過ぎないんですが、これは将来のワークショップの練習だよと言っていました。学生も練習ですけど地元の人も練習だし、職員達もこれで練習するんですよと。最初の内はぎこちないんですが、やっていく内にだんだん和やかな雰囲気になっていって。最初のうちはおぼろげな案しか出てこないんですね。それで「森のような学校」とか言っているんですけども、そんな事いきなり市民の人に言ってもなんだか分からない。これはもう社会の縮図で、専門家の言語っていうのはパッっと市民に伝わるものではないのですが、ただ感覚的に、並べてどれが優れているかって比較してもらいながらであれば、考え方の違いが分かってくるんですね。
それを2週間に1回、5回に渡ってずっとやっていくんです。そうすると、だんだんと案が進化して、少しずつ案が具体化していって、最後にはまずまずしっかりとした案になっていく。だんだん動員数も増えてきて、最後には市長さんが来られて、近隣の自治体関係者や市議会議員さんたちも大勢来られました。
最終回ではいつものように意見交換をして順位を付けて最後決戦投票して、最後に選ばれた人は感動のあまり泣いていました。彼はこの後、猛勉強して今は鶴ヶ島市の建築課に勤務しています(笑)。彼の案は、八の字動線で中央にランチルームがあって、管理諸室がちゃんと動線入口にあって、割と地味ですけども、ランチルームの脇にある搬入動線が将来福祉施設にコンバージョンされた時は送迎車動線になりますとか、細かな配慮が積み重なって一位に繋がりました。設計者の選び方を工夫すると、建築の選び方が成熟していくんですね。だから、お祭り騒ぎで一気にドーンってやると派手な物が選ばれたりするんですけども、こういうのを公共政策の領域では「討論型世論調査」って言うらしいですけども、成熟した民主主義のあり方を議論している中で、我々のやっている事はわりと近いと思うんです。
そうやって議論の場をつくっていく事は出来たんですが、これをちゃんと施策に繋げていくのが重要だと思っていて、まず最初の仕掛けとして鶴ヶ島市役所のロビーで展覧会をやりました。昼休みにギャラリートークをやって一般の市民の皆さんだけじゃなく市役所のなかの職員の皆さんにも啓発していくのが狙いなんですけども。ここで重要だったのは、市議会の会期中の一般質問の最終日を金曜日の夜に議員さんとか職員の皆さんも居る所で、市長とか経済学の先生に来てもらってシンポジウムをやったことです。こういう場面で「ROUNDABOUT JOURNAL」で積み上げてきた事がようやく活きてくる訳ですね。会場構成とかイベントのつくり方とか司会の仕方とか、そういう事が色々と活きてきて。
根本先生という人がいるんですが、根本さんが主張されるのが「朽ちるインフラ問題」というものです。アメリカでは1929年に大恐慌が起こってその後集中的にインフラがつくられたので、50年経って1980年代に一斉に耐用年数を迎えて橋が落ちたりトンネルが落ちたりという事が立て続けに起こったんですね。日本は1960年代から70年代に集中的にインフラがつくられたので、アメリカと同じ問題がこれから2010年、20年に集中して起こるよって警告しているのが「朽ちるインフラ問題」です。実際に2012年の秋に笹子トンネルでの天井板崩落事故が起こって自治体の人達が慌てて調査をしているというのが昨今の状況です。
鶴ヶ島でも、公共施設が全部で62施設あって、今後50年間の維持するための費用が、「総務省ソフト」というものを使うと試算ができるのですが、600億近く掛かることが分かっています。今用意されている普通建設費は年間4億程度ですのでトータルで200億しかない。単純計算すると1/3ぐらいしか維持出来ません。道路も同じで、市内を通っている道路の1/3しか維持出来なくて、残り2/3は管理放棄しないといけない。深刻な状況ですよね。鶴ヶ島だけではなくて、程度の差こそあれ全国的に非常に大きな問題です。こういう事に対しての手当がまるで出来てないっていう事がだんだん分かってきた。 |