平沼:さっき、形態が幾何学というお話がありましたが、そういう作品が多かったのに対して、このファームトミタだけはちょっと有機的な形になっていますね。
五十嵐:ファームトミタは、北海道の観光農園の中でもとびきり有名なところなんです。富良野はラベンダーの産地なんですけど、50年位前に化学香料が発展しはじめて、ラベンダーが売れなくなってしまった時期があったんです。ほとんどの農家がやめていく中で、唯一つくり続けたのがファームトミタです。この(図)グレーに塗ってあるボリュームが既存の売店で、売店とラベンダー畑の間にアスファルトの茫漠とした道路があったんですね。観光客はここをただひたすらに突き進んでいく状態だったので、もう少し売店と絡め合うような状況を生み出すことを考えていろいろスタディしました。まずは整然と並ぶ回廊を試してみたんですけど、なんだか違うと思って。そのときに、絡ませるために複雑な柱を作ろうと思ったんです。ある種の邪魔な柱を立てることで、茫漠としたアスファルトの道路に、やはり拠り所をつくろうと思ったんですね。拠り所をつくって、そこにベンチとかを設置してあげると、自然と人が座るだろうなと。それと同時に、既存の建物に対して、軒というか縁側のような状態をつくってあげて、主な目的である売店の効率を上げることと、そこに人を留まらせることを考えていきました。ここの場所柄ぱきっとしたものよりは、流動的なものの方が自然だなぁというふうに感じて、なんというか、うにゃうにゃした屋根になったんだけれど、実はこの柱は全てグリットにのっていて、グリット上で柱の太さや、場所を変えています。(図)これがその概念です。売店があったところに、柱を立てて屋根をかける。それを複雑にすることで、絡まりしろを増やそうと思ったんです。絡まりしろというと平田さんになっちゃうけど(笑)。北海道は植林された森が非常に多いんですが、計画植林なのでグリットを成すんですね。ただ、森はあまりにも膨大だし、手入れが行き届かなくなると、自然にグリットの間に木が生えてくるわけですよね。自然と半自然の中間みたいな感覚がいいなぁと思って、それもイメージとしてありました。
芦澤:このベースになるグリットっていうのは何かあるんですか?
五十嵐:既存建物の(図)左上の一番出っ張ってるところからグリットをひいていったんです。かなりシンプルな方法で。
芦澤:なるほど。基本、そういう整然としたグリットをひいて、その間にこうずらしていくとか。
五十嵐:そうそう。延々とやっていくわけですね。
芦澤:そこはルールとかあるんですか?ずらしかたとか。
五十嵐:そこはもう感覚的にやりましたね。まず最初は、居場所を前提に置いていって、次に居場所を囲うように、または居場所と関係し合うような柱の置き方をして。梁もある一定のモジュールを何種類か決めて、合理性も含めて考えていくわけです。
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平沼:これは、平面的な操作で何かを求められていたんですか。それとも立体方向にも何かを求めたけどされなかったんですか。
五十嵐:あ、梁のかけ方ね。ラベンダーの見える方向は、なるべく風景を遮りたくなかったので、柱を細くしたかったんです。となると、荷重の負担を減らさないといけないんですよ。特にここは積雪地域なので、梁に集中荷重がかからないように、本数を増やすとか、梁のかけ方を工夫していったんです。あと、力学がそのまま表れるような形態にしたいなと思って、手間はかかるんですけど、全部こういうふうに(図)加工してもらったんですね。
芦澤:一個ずつ計算したんですかこれ?応力的なものとか。
五十嵐:はい。構造家の方に先にルールを決めてもらって、簡単に計算できる式をつくってもらったんです。そのルールに則って、この梁はこうずらしたらこうなるっていうことをやっていきましたね。
平沼:建築の中で、人と人の関係は、どんなふうになっていけばいいと考えられていますか?
五十嵐:建築ありきじゃなくて、人ありき建築だと思います。ただ、住宅と公共建築っていうのはやっぱりずいぶん違ってくると思うんですよね。公共っていうのは、知らない人たちが一度に集まったり、利用したりする場所。住宅っていうのは、ある限定された人たちが使う場所。あともうひとつ、何を求めてるのかっていうのもそれぞれ違ってきたりするわけですよね。なんだろうな、難しいな。きっかけとか拠り所をつくりたいっていうところは一貫しているのかもしれないですけれどね。そうすると居場所が生まれるでしょ。留まれる心地良さみたいなものは重要だなと思うんですよね。だからぱきっとしてなきゃ暮らせないような家っていうのはちょっとつらいなって僕は思うんですよ。やっぱりダラダラしたいじゃないですか(笑)。ダラダラできるんだけど、ある種の建築としての強度は保ちたいなと。僕が一番好きな例は、イームズの自邸なんです。それもできた当時じゃなくて、ごちゃごちゃと物が押し込まれて溢れてる状態、あれってやっぱり最高だなと思うわけですよ。
平沼:ちらかってる感覚ですか?
五十嵐:そうですね。もちろんあの方たちはセンスがいいから、設えのいいものばかり置かれているんだけど。かなり簡略して言いますけど(笑)、モダニズムの空間っていうのは、ある種全ての設えが整っていなければ、空間の強度を保てないように見えてしまうわけですよね。どこか一箇所、例えばソファがかっこ悪かったらそれで全てだめになっちゃうとか、それがどうも情けないというか、強度が弱いような気がしていて。ただ逆にヴァナキュラーすぎてもだめだと思うんですよね。だからバランスとしては、どちらも持っていたいという欲張りな感覚があって、そのビジュアルとしていちばん理想に近いのは、もしかするとイームズの自邸とかですね、ブラジルの女性の建築家、誰でしたっけ?
芦澤:リナ・ボ・バルジですか?
五十嵐:そうそう。あの人が森の中につくったピロティのある住宅、あれのインテリアもすごいごちゃごちゃしてるじゃないですか。ああいう状態をかなり意図してますよね。建築のプログラムにああいう状態が生まれるきっかけがあって操作できたら、それは最強の人の居場所になるし、人と人の関係をうまくつくれるんじゃないかなと思うんですけどね。
平沼:建築家としてのご自身の個性は、どんなところにあると考えられていますか?
五十嵐:ゆるいんじゃないですか(笑)。ギスギスしているっていうことにどうも抵抗があるんですよね。それは自分の経験というか、建築家になった経緯が、そういうものからかけ離れたところにあるからだと思うんですけど。例えば同世代の東京の建築家とか、仲良い友達が多いんですけど、それでもなんか距離を感じるわけですよ。なんか自分はこいつらとは違うなぁって(笑)。だけどその距離感が、自分の建築家としての個性につながっているんだと思うので、大事にしたいなと考えていますけどね。(笑) |