五十嵐:ちなみにこの写真の一番右側が僕の両親の家で、中庭を形成するようにゾーニングをしていったんですね。最初からワンルームをやろうと思っていて、まずは間口が一間で奥行きが20mくらいのまっすぐのボリュームを考えたんだけれど、これだと入った瞬間に全てを把握できてしまうので、それがいやだなと思って。次にグリットを1.5ずらしたんですね。そうすると、例えば向こう側がガラスだとすると、光だけが回り込んでるような状態になりますよね。部屋に入るとガラスは見えないんだけども光が回ってくるので、向こうに意識が飛ぶというか、向こうを想像するわけですよ。人間って視覚に不自由な状態が生まれると、勝手に想像してくれるんですよね。次にもっと複雑な状態になると面白いんじゃないかなと思って、さらに天井高さを変化させました。この図のスケッチは、実は後で出てくる「原野の回廊」という建物にも使っているんです。僕けっこうしつこく昔のアイディアを使いまわしたりしてるんです(笑)。このときに、グリットがいろいろ動いていくわけです。その動いていった一間角のグリットを、敷地全体に描いてみたんです。そのときに、「あ、この方法でいこう」と決めて、同時に細かなディテールを残し始めたんです。まぁディテールと呼べるレベルじゃないんですけど、この方法でつくろうと。なぜならば、僕は20代の頃ずっと現場に出てて、積算も帳簿も全て自分でやってたんですよ。そういう癖がついてたんで、合理的じゃないといやだったんですね。と言うとかっこいいけど、要するに面倒なのが嫌だったんですね(笑)。ちゃんとつくりやすいものじゃないと嫌だったんで、そこも含めて相対的に設計をしてます。最初から一間角グリットでやろうと思ってた理由はそこですね。最終的にはこういうふうになっていきました(写真)。例えば、一般的な8畳間を想像してもらうと、恐らく入り口とか窓の位置をベースに、ベッドの位置をどうしようかとかね、机の位置をどうしようかって決めると思うんだけれど、次の写真を見てもらって、仮にこの真ん中に柱を立てたとすると、ものすごく邪魔なわけですよ。8畳間の真ん中に柱が立ってるっていうね、あり得ないじゃないですか。だけど、この柱があると絶対無視できないんですよ。その「ある」っていう状態が、ある種非常に不自由なんだけれど、拠り所とかきっかけになるわけですね。だから居場所を選択するとか、居場所をつくるきっかけになるんじゃないかと。「矩形の森」の場合は、8畳間だけで終わるのではなくて、それがどんどん繋がっていくような空間になるので、それぞれの居場所が連続していくことで、今までと違うワンルームをつくれるんじゃないかなと。この図は風除室と断面の説明です。空気の量つまり気積を減らしたかったので、断面はとにかく押さえたかったんです。ここは寒い地域なので、空気の量が少ないと熱効率がいいんですね。単純な話なんだけど、やっぱり自分の家が寒いと嫌なんですよ。なるべく暖かい家に住みたいっていう思いがあったので天井を低くしてます。平面構成としても、もう少し水平方向に意識が飛んだ方がこのプランは生きてくると思ったんで、ぎゅーっと圧縮したかったんですね。南北に風除室をとったのは環境的な理由で、北側に風除室があるといいし、南側は比較的交通量の多い道路に面しているから、内部との間に緩衝体があると住みよいわけですよね。

平沼:これ天井高はどれくらいありますか?

五十嵐:2200です。もうちょっと抑えてもよかったのかもしれないですけどね。構造は、通常の在来工法に本筋交いを立てて壁量を保つという程度です。この頃は構造家との付き合いがなかったので、自分で最低限の壁量計算をしてつくりました。あとは材料の話ですけど、なぜポリカーボネートを使ったかというと、僕の田舎には建築家の建てた建物なんか当然ですけど全くないんですよ。それがある打合せのときに、帰りが夜中になっちゃったことがあって、畑の中を車で走っていたら、真っ暗な中にぽつんとね巨大な牛舎見えて、中は蛍光灯で燦々と照らされているんですけど、それが恐ろしくかっこよく見えたんです。かっこいいというより美しく見えた。その牛舎の屋根がポリカーボネートでできていたんです。農業関係の施設っていうのは建築家が設計しているわけじゃなくて、必然性と合理性だけでできている建物ですよね。そういうものに惹かれたのがきっかけです。もうひとつは、ちゃんとした設計をして、そういう材料を使ってみたかったんです。もちろんコスト的な問題もありましたし。

平沼:この写真が内部ですか?

五十嵐:そうです。北側の風除室から南側を見ると、約20mくらいあるんです。このグリットと柱を基点にいろんな居場所が点在していて、いろんな居場所ができると居場所同士で距離感が生まれて、今までのワンルームと違うものになるんじゃないかと思います。こういう考えに至ったのは、例えばリアルタイムだと、1990年代は妹島和代さんがいくつも住宅をつくられていたり、坂茂さんがケーススタディのような住宅をつくられていたんですけども、いずれもかなりワンルームに近い形状だったんですかね。坂さんのワンルームというのは非常に美しいし、システムもよくできているけれど、やはりビジュアルとしてのワンルームというところが強いなと思っていて、僕には決して自由なワンルームではないように見えたんですね。ワンルームと言いつつも、設計者がかなり場の使い方を規定している。そこに違和感を感じていて、先ほどのミースの話しもそうですけどね。僕はそうじゃなくて、こういう家をつくりたいと思ったんですね。

芦澤:ここは五十嵐さんご自身で住まれていて、お子さんもいらっしゃいますよね。実際には間仕切りとか、死角とかあるんですか?

五十嵐:そうですね。写真の右奥にパーテーションが写ってますよね。それ以外は一切ないです。この当時から家具は少し増えましたけど、ほぼこのままの状態ですね。

芦澤:ということは、基本的に空気も音も筒抜けですか?

五十嵐:筒抜けです。ワンルームの唯一の問題は音かもしれないですね。いくつもやってみてわかったことなんですけど、意識は分けられても音だけはどうしようもないです。

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