平沼:では次、「風の輪」です。

五十嵐:これはですね、里子を預かって育てたいという陶芸家の方の住宅です。敷地は佐呂間湖の近くなんですけど、佐呂間湖と敷地の間に原生林があったんですね。どこに建ててもいいってことだったんで、欲張っていろいろ試したんですよ。当時はまだ若かったんで、いろんなことを試していくうちに、徐々にあんまり意味がないなっていうふうに思い始めるんですけど。ここではいろいろ試した結果、細長くなっていったんですね。クライアントからの要望は膨大にあったんですが、その中で個室を求められたんですね。これは困ったなと思って。なんで困ったかと言うとワンルームをやりたかったから困ったんですけど。そのときに凍結深度っていうことに気づいたんですね。凍結深度っていうのは関西だとあんまり馴染みがないかもしれないんだけれど、冬場に地面が凍って、道路が持ち上がってしまうせいで建物が歪んだりするので、凍らないところまで掘りなさいという法律があるんです。霜柱の極端な現象が起こるわけですよ。通常ここはただの床下になってしまうんだけど、「風の輪」のときはそこに部屋を埋めちゃえばワンルームがつくれるなと思ったんですね。ここは物理的な距離を取れるくらい敷地が広かったんで、プライベートなエリアと、パブリックなエリアの分け方として、細長いという方法をとったんですね。この図がその凍結深度の話です。一番左の図が一般的な基礎だとするならば、真ん中が北海道の一般的な基礎で、通常だと埋め戻すか、ただの床下になっちゃうんだけれど、そこを部屋にすることで一層分の高さで三層分の床をつくることができるということに気が付いたんですね。三層の床が生まれることによって、求められた床を半地下に埋めつつ、ワンルームをつくることができたわけですね。これの前にやった「矩形の森」では風除室を取り入れていて、それはある種のローカリティの余条件とか状態が建築に反映された例ではあるんだけれど、この「風の輪」のときは、ダイレクトに空間に影響するようなローカリティの状態が生まれたので、僕にとっては非常に重要なプロジェクトではあるんですよね。これ(図)は空間の説明で、5mごとに人がプロットされてます。平面における5mと、半地下における5mと、小上がりに上がってる5mって、それぞれに距離感が変わってくるわけですね。次の図では10mの距離感が生まれてるんですが、その10mの距離感の中に、5mの距離感も残るし、居場所も残るわけですね。それがずんずん繋がっていくわけですよ。そうするとその物理的な距離もあるんだけれど、ギャラリーとかエントランスみたいな比較的パブリックな空間と、一番奥の里子たちが暮らすプライベートな空間が、同じ住居レベルの中に共存できるのではないかっていうふうに考えたのがこの「風の輪」なんですね。その大きなきっかけが凍結深度ということだったんですが、ここで重要だと思うのは、掘らなくていいのに掘るっていう状況と、掘らなければいけないからそれを使うっていう状況の大きな違いですよね。それは認識してほしいなって思うんです。やっぱり建築においてコストって重要だと思うんですよ。無理すれば何でもできちゃう世の中になっているんだけれど、それぞれがおかれた状況とか状態の中で、本当に正しい選択肢を選びつつ、それを空間化していくとか、建築のアイディアに繋げていくっていうことは重要だなと思っています。これが断面図です。こんな風に埋まってます。長い建物なので切る面によっていろんなバリエーションが生まれるんです。二層になってるところとか、平屋になってるところとか。この図はヒエラルキーというか変化の説明で、奥に行くほどプライベートが高くなるという説明です。この写真が結果できあがった建物です。原生林と畑の境界がすごくはっきりしていて、しかも原生林がかなり水平になって延びているので、スカイラインが水平なんです。だから屋根の形はこのスカイラインには逆らわないように決めたいなと思って、フラットな屋根にしたんですよね。もうひとつ、素材と構造についてですが、これ究極のローコストだったんで、どうしようかと思って、佐呂間町の隣に遠軽町という町があるんですけど、そこの木の工場でTJIをつくっていたんですね。TJIっていうのはテクニカルウッドって呼ばれてる梁でね、2×材とかによく、OSB合板を2×材のフランジで挟み込む材料があるんですけど、無垢材と同じ断面と強度があるんだけど、軽いんですよ。そこの工場はそのTJIの許可を日本で二番目に得たところだったんですけど、試作品でかなり安く出してくれるっていうことになったんです。であれば、その最大スパンが455ピッチだったので、間口を先に決めてしまって、あとは要求された部屋の大きさに応じて、どんどん奥に伸ばしていったわけですね。プロポーションについては、構造的な要素が大きかったです。材料は針葉樹合板を選んだんですけど、当時はまだエコ基準っていうのがなかったので、かなり強力な接着剤を使えてたんですよ。だからある程度の耐水性があるっていうのはわかっていたんですけど、合板は所詮合板なので、外壁に使うときには注意しなきゃいけないと思って、軒を出そうと思ったんです。外壁に雨を当てたくないというかなりシンプルな理由です。もうひとつ重要なのが張り方ですね。下見板張りっていう方法をとってるんですけど、これは北海道の開拓の歴史からずっと存在している張り方で、通常はすごく薄い板をぺたっと同じ幅で重ねて張っていく方法です。雨は上から降ってくるので、中に入っていかないように下から重ねていく方法は雨仕舞としてシンプルですよね。ただ、べたっと重ねちゃうと、仮に濡れた場合に毛細管現象が起きるわけですよね。つまり染みるわけですよね。染みてくるとそこから材料がだめになると思ったんで、染みないように浮かせようと。浮かせれば毛細管を防げるし、仮に濡れた場合も乾きやすくなるというのが大きな理由。もうひとつ、ペラペラした材料だったので多少質感を出したいなと思って。エレベーションにおける質感っていうのはどういうところにあるのかというと、影なんですよね。影が出るのか出ないのかっていうのは大きくて、例えば妹島さんは極端に影をなくすようなファサードをつくる。ぺろっとしてるわけですよね。それはそれですごく美しいんだけれど、例えばレンガとか石みたいにコツコツした材料を使う場合は、影をうまくつくってあげると非常に美しく見えてくるわけですよね。この場合で言うと、板と板の間に影を生みたかったので、それで浮かせたわけですね。もうひとつ、幅を変えたのにも理由があって、人間の視覚というのは、当然遠ざかるものが細く小さくなってきますよね。そうするとパースが効くから狭まっていくわけじゃないですか。それがいやだなと思って。垂直感をとにかく強調したかったんで、逆パースをかければそれを保てるかなと思ったんです。この外壁の張り方とか抜きの出し方っていうのは主にそういう理由から生まれてきていて、一切デザインという概念から生まれたわけではないんですよね。この図が中ですね。床も天井も壁も野路板も針葉樹合板なので、1000枚ロットで買ったんですよ。1枚600円くらい。だからこれ坪20万円台なんです。なんとかぎりぎり予算に収まったというかんじですね。

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