芦澤:大学院時代にこの規模を実現されるのは凄いことです。

香山:でもそれは、僕が凄いのではなくて、こういうのを、任せてくれた周囲の人々が凄いということです。そういう時代でもありました。訳も分からないままやったという若気の至りでしょう。しかしこの建物は今でも幸いなことに残して、大切にしてくれているんです。竣工が1962年なので、僕がまだ25歳の時です。

芦澤:25歳。すごいです。

香山:これが僕を救ってくれたというか僕を立ち直らせてくれた建物で、ご存知のルイス・カーンのリチャーズ・メディカル・リサーチ・ラボラトリー、ペンシルベニア大学の生物医学の研究所です。この建物は有名だからもう説明する必要がないでしょう。確かに新しい力に満ちた建物です。これは隣に建っているペンシルベニア大学の古い寮です。実際に見て先ず驚いたのは、ふたつはうまくつながっていて、新しいが、同時に、昔からある建物というような感じがしたことです。それまでは現代建築というのはそういうものではないのではないかなと思っていた。周りは皆コルビュジエみたいにぶち壊せという考えで、連続性というのを考えることがない。しかしこの建物は違う。それが僕は嬉しかったんです。他にもたくさん新しいところはもちろんあります。いろんな設備階を建てるとかプレハブ、プレキャストコンクリートのこととかもすごい。中に入っても何か居心地の良い、住んでもらえるような建物というのも、僕がそれまで感じたことのないものでした。ただ機能的にはいろいろと欠点はあるんです。それは誰にでもあることで、欠点のない人間はいないということです。これがカーンのドローイングで、鉛筆で上手なんだか下手なんだか分からない、ごちゃごちゃと描いてね。悩みながら、最初はこういう妙な形だったんですよ。いじりながらやって、綺麗な概念でスパッと行くのが現代建築だと思っていたらそうではなくて、デッサンを重ねたり、粘土をいじって作るみたいにやるという考え方は、少なくとも日本で出会わなかったコンセプトで、それが私には、とても嬉しかった。ペンシルベニア大学はアメリカの東海岸にあるフィラデルフィアというアメリカの一番古い、京都みたいな街にあります。そこに僕はカリフォルニアからバスで1月半程かけて行きました。金もなかったし、日本に戻ってきたらなかなか行けない時代だったから時間をかけていこうという訳なんだけど、その時に見た建物がアメリカ南西部の乾燥地帯にある家。これはこの辺りに住んでいるプエブロ・インディアンというアメリカの先住民の住居です。僕はもちろんそれまで無知で、たまたまバスがその近くで止まったんです。それでその建物にびっくりしちゃって、その時に描いた絵がこれです。日干し煉瓦って良いですね。土を固めて、日に干しますと、レンガみたいに固くなる。それを積んで、住んでいる人達です。住んでいることに僕は感心して描いたその時の水彩画です。暇だったから絵を描いていたんです。土から生まれたような造形をそれまで知らなかったのですが、現にそれがまだアメリカに生きて存在している。日本みたいに国有化したり重要文化財にしたり触ってはいけないというのではない。そういうのがあるんだということに僕はびっくりしました。フィラデルフィアは古い都市です。大学の頃に僕たちが住んでいた最初の家ですが、これも100年、こっちのは200年経っている家でした。日本で100年経っている家は重要文化財かなんかになって大変な騒ぎですよ。しかしごく普通に建ってしかも僕たち学生が住んでいる。そういうことにも僕は本当に驚きました。まだナイーブだったんですね。知識もなかったですし。日本では古いと言っているものでも、確かに古いものなんだけれど生きて使われていることは少ないんです。町並で生きているときは大抵、無理やり保存して土産物屋になったりしている。実際生きて住んで使っているのはほとんど無い。それがここアメリカでは普通に生きているわけです。僕は歴史というものが、紙や、本に書かれてあることが全てじゃないということにびっくりしたものです。約5年後、イール大学のあるニューヘイブンという町に住んだ時の家の近くにあった建物ですが、これは200年以上経っている普通の木造の住居で、開拓時代のものです。そういう歴史が生きていることと共に、もうひとつ感心するのは、日本の木造と違って幼稚な建物です。幼稚という意味は、アメリカの開拓時代は、大工さんも建築家ももちろんいないから住む人が自分で作ったということ。最後、棟木を上げる時だけは重いから周りの人が来て手伝ったという、手作りでしょう?

平沼:DIYの始まりということですよね。

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