2 1 7[ nie - ichi - nana ] 第56

日 時 : 2018年 09月 21日 PM 7:00〜
会 場 : 大阪・梅田 グランフロント大阪 ナレッジシアター

ゲスト : 香山壽夫
対 談 : 芦澤竜一 平沼孝啓

AAF:それでは早速、本日のゲスト建築家のご紹介をさせていただきます。 

東京大学名誉教授で建築家の香山先生!

1937年東京生まれ。東京大学工学部建築学科では、吉武先生に師事し、1960年に卒業され、ペンシルベニア大学院ではルイス・カーンに師事。1965年、28才の頃に修了されました。芦澤さんと平沼さんが生まれた1971年、香山アトリエの設立と同時に、東京大学で教鞭を執られ、イエール大学、ペンシルベニア大学の客員を歴任。97年に東京大学教授をご退官後も、明治大学、放送大学、聖学院大教授を歴任。ご専門は建築意匠論ですが、香山先生の「建築意匠論」があまりにも有名で、建築設計における『意匠』という言葉を確立され、現在の『意匠設計者』と呼ばれる多くの方に、影響と希望を与えられました。また同時に、大学キャンパス計画、建築を多く設計され、この頃から、『コミュニケーション』に着目し、フォーマル・コミュニケーション、インフォーマル・コミュニケーション、フリー・コミュニケーションの3つのレベルの場を提供することが重要であると考え、実践した作品を多く設計されておられます。 芦澤さん、平沼さんが、高校生の頃に、もう少し勉強に励まれていたら、東大で香山先生に教わり(笑)、その後、現在までに続く世代で、東大で建築を学ばれた全ての方は、香山先生がつくられた建築学科棟で、学んだことでしょう。
主な受賞には、1995年彩の国さいたま芸術劇場で「村野藤吾建築賞」、96年「日本建築学会賞」、2006年「日本芸術院賞」など、手がけられた多くの建築で、「建築業協会BCS賞」や「公共建築賞」を受賞されておられます。 近年、関西では、京都会館「ロームシアター」や、 世界遺産「熊野本宮館」など、皆さまをよくご存知だと思いますが、日本を代表される建築家です。
それでは、香山先生にご登場いただきます。 皆さま、大きな拍手でお迎えください。

(香山先生登場)

AAF:こんばんはー!本日はよろしくお願いします。

香山:こんばんは。どうぞよろしくお願いします。

AAF:それでは、ここからの進行はモデレーターのお二人にお任せします。

平沼:はい!香山先生まずは、簡単に自己紹介をお願いしてもよろしいですか。

香山:はい。簡単に話しますと、20歳の頃に建築の道に進もうとしてから60年が経ちました。私は「建築家である。」と、自己紹介すると、平沼さんの質問に対しての回答が、あまりにも簡単すぎるね(笑)。

芦澤:(笑)もう少し、お話しをお聞かせくださいませんか。

香山:では、その60年をもう少し詳しく話してみます。
60年以上が経ちましたが、建築を最初に勉強をはじめた当時と変わらず、製図板の前に座って、鉛筆を持ち、朝から晩まで過ごすというのが日常です。今、京丹波町のプロジェクトをやっていますが、今朝もその建築に乗せるトップライトの形がよくないので、それを一生懸命、鉛筆を持ち、直していたように、そうやって60年あっという間に過ぎた、というものだけど、それでも少し短すぎるね。(笑)

でもね、60年は長いと言えば長いのだけど、何故そんなにあっという間に過ぎたかというと、ここが肝心なところで、面白いからだね。本当に建築は面白い。飽きないし楽しい。

この会場には、若い方たちが多くおられますが、私が皆さんにお伝えしたいことは、建築が
何故そんなに面白いか。整理して伝えれば、人間の持っている様々な力を全て使うからです。 たとえば頭を使い、目も使い、手も使うし足も使う。それを全て使う仕事だということに尽きるのではないかと思うのですね。でも考えてみれば人間が原始の時代からやっていることだし、皆さんが小学生の頃に体験した夏休みの宿題で、やっていたことでもあるしね。考えや思想を形に表現する仕事は色々ありますが、その中でも建築が面白いと思います。

それは、建築の内部には常に、人間がいること。そしてその上には空が広がり、日が差し、風が吹き、雨が降る。そういう自然の中で創るということが、とても面白いということだと思います。 能天気に過ごしてぽっと、60年過ぎたのか?といわれると、そうでもないわけで、もちろんその中で苦しみもあったし悩みもありました。

平沼さんや芦澤さんも、いつも元気がいいけれども、悩みの時代もあったと思うよ(笑)。

芦澤:いや、今でも悩んでいます(笑)。

 

 

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