石山:これが僕の地図なんですね。ここに大体の僕の作品がみんな入ってるんですね。それでそこにマンメイドネイチャーっていう構造がはしってます。東日本大震災で津波があって、この地図を歪ませざるを得ないっていうか、少しこう拡大しないと世の中がもうわかんなくなっちゃったんですね。もっと自然のことを考えましょうっていうのが、きっちりした地図が少しこう歪み始めたっていう実感があるんですね。それが示されてる地図です。

芦澤:先生のおっしゃるマンメイドネイチャーっていうのは、人間が作る人工的な自然、その中に建築も入っているという解釈でよろしいですか?

石山:偉そうなこと言いますけど、もう68ですから偉そうなこと言っていい年なんで。日本人っていうか東アジア人はみんな、自然の中に包まれてきているんですよね。ヨーロッパ人は対自然だから、建築物って自然と対立したもの。ギリシャ以来そうなんで、日本人が分かる訳ないんです。そういうことがちょっと最近はわかってきた。

関西の人は阪神淡路大震災とか大変な出来事があったから、僕もそれを経験しましたし、今日会場に来られてる宮本さん達とベニスで、磯崎さんに乗せられて変な展示をしてね、地震で破壊されたって展示してね、あれから宮本さんも調子悪いし、あんまり僕のところに仕事がこなくなったんでね、馬鹿なことしちゃったなって思ってたんですけれども。
関東では、オウム真理教事件が圧倒的だった。僕のいる大学でも電気工学科、頭の良い学生ほどオウム真理教にいたって思われるような人がたくさんいてね、変な事件だったんだね。それが作った建築が、こういう四角い無表情な、今のグローバリズムみたいな、あなたの建築によく似てんだよね、ツルツルしててモダンなの。
この問題とどう取り組むのかなーと思ってたんですけどね、そしたら僕のとこに時々変な施主が来るんですね、超ド級っていうか桁外れな変な人が来てね、上九一色村に寺を建てたいって。これはね、ちょっとこれやるとやばいなって思ったんだけど、やばいほどおもしろいんだよね。大変苦労しましたけど、上九一色村に土地を用意して作ったお寺があるんですね。これもみなさんご存じないと思います。富士山の裾野に作ったんですけどね、これが寺です。ここに丸いのが映ってますけど、これがお墓。ここは、末期ガンでもうダメだって言われてる人が集まってくる。ほんと辛いとこなんだけど、こういう死ぬのがはっきりとわかってしまってる人ってたくさんいるんだけど、そういう人たちのためのお寺なんですね。

東日本大震災で、僕が作った気仙沼の海沿いのモノはみんな流されちゃったんですね。僕も辛いですけど、友達もたくさん失ったんです。ここはみな僕がデザインしたモノなんですけど全部焼けて流された、相当悲惨な状態。生まれて初めてじゃないかな、作ったものが何の抵抗も無く焼けて流される。同時に、たくさん友人を失うっていうようなことが起こりまして、ショックですね。それでマンメイドネイチャーです。とりあえず気仙沼、被災地には建築を作ること自体がおかしいなと、伊東さん達は今、みんなの家とかやってて大変立派な仕事なんだけど、僕はちょっと距離を置きたいなと思って。これは安藤さんが天才的にお金を集めてくださってバックアップしてくれて、一緒にやってるんですけど、桜と楓を建築として作ろうと思って安波山(あんばさん)っていう山にこういう図形を、宇宙へ、みたいなものなんだけどそれを1キロ、2キロのスケールでやろうと思ってる計画です。これが人間が作ってる自然という具体的なもんでしょうね。気仙沼でたくさん死んでますからね、建築っていうのはそんな作る必要ないんだね。まずは徹底的に自然、人間が生きるために必要になってくるだろうという気はしてます。これが、僕らがずっとやってた海沿いの道づくりなんですけど、それで本当に復興したら東北の山に桜と楓と百日紅の樹木の花がこういう図形を作ってきて。まだ花が咲いてないんですけどね、あと2、3年経つとこういう図形の一部が出来てくると思います。そしたら、これが建築家の仕事だぞということを言おうとは思ってる。樹木とか花の設計がとても難しいんだね。あなたも随分樹木とかやってるけど、まだ素人でしょうね、きっと。

芦澤:勉強してやっています。

石山:教育だろうと思うんだね。花と木の名前が全然覚えられないんですよね。だから非常に苦労してますよ、年とってからね。でも、まぁ、とても面白い。これから、大きなスケールの庭の仕事は、どうしてもものを作りたいっていう人には良い仕事なんじゃないですかね。
これは去年やった植樹祭です。あっちの遠くの方に見えてる街が全部壊された気仙沼で、その上の方の山でこうやってみんなで木を、図形通りに木を植えた。この先、儀式とかに社が欲しいねっていう気持ちが…。僕は前に気仙沼で美術館を作った時はね、スペインから子供の絵を送って貰ったんですね。これはずるがしこい戦略だと思うけど、美術館がなかったんで公衆便所の壁にはってみんなに見てもらったの。そしたら町の人たちが美術館ほしいって。それで美術館をつくって、その時しめたと思ったの。次に、なんか建築がほしいねっていうことがでてきたらいいなって思った。でてこなかったらそれまでですよね。建築の魅力はそれしかないってことだろうと。

芦澤:被災地で図形に木を植えるということで、かなり古典的な建築かと思うんですけども、それでも建築だと言いきれるということでしょうか?

石山:あれは建築ですよ。図形はまるーい形で。あれは、バウハウスが言っているような図形とかそういうものより、よっぽど図形ですよ。四季折々揺れ動くしね、建築って動かないでしょ、だけど樹木、花は揺れ動くんだよね。ちょっと仙人モードみたいな、禅問答みたいになっちゃってるけど、でもやっぱり、樹木とか花とかっていうのは非常に重要っていうか。建築よりよっぽど重要だと思いますね。

芦澤:それは時代性もあるんでしょうか? 先ほど都市は建築家がつくれるものでないと。先のレクチャーで伊東さんが来られた時も、都市にはもう可能性はない、と。だから、自分は被災地に行っていろんな活動をされてる、というお話もあったんですけど。

石山:そこで大勢の人が死んでますからね。そのときに、ここで慰霊館とかそういう何とか記念館とか建てたら、品がないですよ。だから、しばらく待って、それでもほんとに建築が必要なのかなって時は、それを建てたい人がいったらいいんじゃないかな。でも、僕は今はあんまり建てたくない。だから、こっちの方に力を注ぎたいと思っています。

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