質問者1:本日は貴重なお話しをお聞かせくださいまして、ありがとうございました。お話しの中で「知的体力をつけろ」という言葉に、とても興味を持ちました。その例として、本をたくさん読むことをお教えくださいました。その他にも知的体力をつけるために経験した方が良いことだったり、こういう体験が役に立ったとかいうことはありますか。

安藤:本から学ぶのは、考え方と存在を学ぶのだと思ってください。そしてそれらを知れば、やっぱりギリギリに生きたいと思うもんです。人って。その場所、その時にしかできない経験ができるような環境に飛び込んでください。

   数年前、日本からアメリカのメジャーリーグで活躍された野茂さんと話したことがあります。その時に、 日本の野球とアメリカの野球の差を聞いたことがありました。均質化する指導と球場に問題があることを教えてくれました。指導者や興業としての理屈から、野球にも個性を失くしていくような方法が、日本の野球の問題だそうです。雨のプレイ、強風のプレイがあってもいいはずだし、プレイヤーもコンディションによって変わる能力を発揮したいはずなのに、天候に左右されない予定調和なイベントを準備するためのドームをつくる。工業化した温室管理もいいけれど、F1やマラソン、サッカーも含めて全てのスポーツがそうなると、どうでしょうか。

サンフランシスコの野球場でホームラン打つと、球が海に飛び込む。そうすると人が、海に網を持ってボールを拾いに行くそうです。あれを見たときに幸せを感じるらしいです。ここでしかできない球場、その気候天候でしかできない野球、そしてこの時にしかできない感動があったことを、人は価値に思うようです。でもね、野茂さんはピッチャーだから自分は打たれた側なのにね。(笑)

会場:(大笑)

安藤:野球選手って野球の専門化じゃないですか。だから投げたボール、あの時に投げた球は、インコーナ低めのギリギリボール球のフォークだったのに、ホームランを打った奴が偉いと、細かく覚えています。あの球を打たれたら仕方ないと。それは、真剣に勝負しているからですね。とにかく、ギリギリの状態でやってみる。そしたらね、一気に知的体力が上がると思います。

質問者2:本日は、素晴らしいレクチャーをありがとうございました。現代、建築界でも、AIの存在が気になりはじめています。建築家と構造エンジニアのように、主要なコンセプターに変わる存在までは、まだ相当な時間が掛かりそうですが、設計図書をまとめていく、設計チーフや主要デザイナーと、書き手やジュニア・エンジニアとの間に入るAIとは、どのようなバランスを持ちながら役割を果たすべきだと考えられていますか。

安藤:AIの時代になると十数年前から言われ続けていますが、現段階では、皆さんも毎日向き合っているように、コンピュータを人が活かした方法です。そして、まだうちの事務所では残念なことに、AIが設計をしているような程度ではありません。(笑) 歴史をみていると恐らくその時代ごとに「道具」「ツール」というのはあるのですね。うちの事務所でも、実は1990年以後の図面はCADでしか書いていないのですが、これからの時代の役割の果たし方までは、わかっていません。100年前の産業革命のように、機械が多量の物を生み、大きな物を作りましたが、その量的な大きさではない価値を生み出すのがAIだと思います。芦澤さんがうちの事務所に居た時代は、手書きでしたか?

芦澤:はい。ちょうど手描きからCADに入れ替わる時代でした。

安藤:90年以前は、私も含めて皆さん、T定規やドラフター等、手書きで書いてました。この30年で、もう手書きで書いている事務所はありませんね。でもいま65歳くらいの人は、まだまだ手書きでうまく書きますね。だから価値があります。個性があるんですね。そして、そういうのを見るとあの時代は楽しかったなって思うけれども、その人たちは逆にコンピュータができない。それがまずいのだと思います。私の事務所では、海外を含め35件ほどのプロジェクトをやっていますが、よく所員が30名程で、35件もやってるなぁと言われます。アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、韓国、中国、インドネシアなど。これはやっぱりCADというソフトやコンピュータというハードが、手書きの時代よりも効率を上げてやっているからできているんですね。そのように考えれると、これから始まるAI化に対応できなかったらまずいと思います。何がまずいかというと、AIが、新役者という存在になり、自分の存在もあるから、どのように自分の能力をAIの時代で活かすかということを考えないといけないと思うのです。つまり表現の手法を見出すことです。ある日突然変わることはないし、変わりつつある時代の流れとの向き合い方を、自分の考えている世界感といかにコラージュしていくかを、自分で考えていくことでしょうね。

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