平沼:
次の作品です。これは実作で初ですか。
香川:
そうです。会社を辞め際に始めて、本当は会社を辞める頃にできたものです。
東京の目黒に建つ住宅です。敷地は擁壁のある場所で、縦に長い敷地です。というのも、ここに並んでいる3つが、初めは同じ敷地だったのですが、それをミニ開発してます。東京で出てくる土地は、細長敷地か旗竿敷地がほとんどなのですが、そのうちの細長い敷地で、今の東京の住宅の敷地としてはとてもスタンダードなかたちです。ここでちょっとスタンダードからズレていたのは、細長い敷地の短手2面が道路に面していて、これがその反対側です。高低差が3mくらいあるのですが、さっきの方が低い方で、こちら側が高い方です。さらに厄介なのが、この敷地を支えている擁壁がいつ頃につくられたか分からない。築造年数が分からない上に、役所にその図面がまったく残っていない、しかもその擁壁が42条2項部分にひっかかるんです。42条2項部分というのは、4mをきっている道路は中心線から2mづつ振り分けて、4mになる道路にしなければいけない法律なのですが、それに引っかかっていたので、擁壁を壊さなければいけなかったんです。この擁壁というのが、この一帯でぐるっと100m以上つながっている擁壁だったんです。その終点くらいなんですけど、ここを下手に切ってしまうと、隣の人からもいろいろクレームがくるんですね。それでいろいろ問題が起こるので、この擁壁を扱い、建物にくっつけて、建物をつくるけど擁壁の補強になるようなものにしようと思いました。
それで、まずは長手側の断面をひたすら検討しました。50くらいの案が出来たんですけど、長手側から見ると全部違う構成なんだけど、道路側の両側から見ると立面はほとんど一緒なんです。だから結局都市の中でこういう細長い敷地に埋もれているような場合は、立面に何か表れるようなことをやらないと、本質的な提案にならないのではないかということで、最終案に至りました。
地下二層分あるのですが、この部分をコンクリートでつくって擁壁につなぎます。このL型で出ているのが擁壁です。その上に木造の二階建てをつくると、一方から見ると5階建てのように見えて、反対側から見ると2階建てのように見えるんです。
両面が、立面だけではなくて、根本的に違う建物に見えるということを考えました。
擁壁という土木スケールのものにアルミで窓を開けてもぎこちなかったので、がらりと窓を開けると立面のプロポーションが変わってしまうようなことを考えました。この窓がどういう機構かというと、エレベータと同じで反対側に錘をつけるんですけど、カウンターウエイトで釣り合っていると、ちょっと押しただけでバランスが崩れてガラガラと上がる機構の窓をつくりました。
法律上は地下2階、地上3階です。下にゲストルームと、さっきのがらんとした空間があって、1、2階に寝室と水廻りが入っていて、2階は住宅密集地でも光が採り入れやすいので筒状のリビングにしています。これがさっきの地下で、この階段が5層串刺しになっています。
これは上が木造なので、筒状の壁がない建物にはできないんですけど、つくらなければいけない耐震壁が棚の中に全部入っています。以上です。
芦澤:
土木的なスケールで扉の機構を考えているのは面白いなと思ったんですけど、ひとつ疑問なのが、これは両方開けることはできるんですか。
香川:
それぞれの扉が独立してバランスをとっているので、両方の機構は連動してません。
平沼:
擁壁の検討は興味深いのですが、これをやっているとき、結果としてでもいいのですが、どのように最終的に決定していったのですか。よく擁壁の状態が、建築の今の現行法に合っていなくて、合わせようと思うと、例えば建築承認をとって同時に練り上げていく方法であったり、既存の擁壁を取っ払って新しく建築物の一部としてみなす考え方もできたり、最低限度の条件の中で、形態や空間のプロセスを重ねていくじゃないですか。
香川:
この断面自体は、擁壁の問題とお施主さんの要求があって、そのほか駐車場とリビングと、斜線制限があるんですけど、その中でひたすらどういう空間がつくれるか、どういう関係性がつくれるかというのを、初めは平面、立面、断面を書いていたんですけど、ある時期からこの方向の断面だけで、空間構成のスタディが可能だと気づきました。実はこの50案というのは、一人で2日間でやりました。
ある時期、どのパラメーターを操作すればその敷地に合い、いろいろな条件も解決できる方法があることに気づきます。僕の場合は断面が多いのですが、あるときそれに気づいて、どんどん機械的につくっていくようなこともします。
芦澤:
インテリアの要素というか、全体を擁壁としてやろうという気にはならなかったのですか。
香川:
擁壁を片側の壁として使うということですか。擁壁の状態を調べるときに、コアを抜いて調べたんですけど、全然ダメでしたね。一瞬で崩れる砂みたいなコンクリートでした。
平沼:
では、ここでコマーシャルにしましょう。
(中略)
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