藤村:でも実際に施設を閉鎖したり道路を管理放棄したりするということは、論理だけの問題ではなく、利害が対立するので凄く政治的な問題なんですね。そういう事に対して我々はメディアの力を使って、例えば展覧会を渋谷のヒカリエに巡回して、津田さんとか内藤さんとかに来て頂いて議論をして、発信をしていく。
するとだんだん中央のメディアが、NHKでも朝日新聞でも来てくれて記事にしてくれる訳ですね。最初の内は、俺達の街は貧乏だからこんな惨めな議論をしなきゃいけないんじゃないのかと、何処と無く希望が感じられない雰囲気もあったみたいですけれども、いろんなメディアの人が鶴ヶ島に行ってくれて先進事例として取り上げてくれるようになりました。つまりインフラの老朽化っていうのは全国的な課題であって、それを市民参加でちゃんと考えていこうっていう自治体が当時はあまりなかったんですね。それを記者の人たちが全国のレベルで見て、鶴ヶ島を取り上げてくださるようになって、ようやく少しずつ動いてくるようになった。
建築の課長さんも、何度もテレビに出て話をされて、ようやく市民の皆さんにも課題が伝わるようになって、市からも正式に市民と意見交換をしながらこの問題に取り組んで行きます、という方針が具体的に出てきました。市民のアンケートでも、75%ぐらいの人達が何らかのインフラマネジメントが必要だと思うという事を言っていらっしゃる。
こういう事をやって、昨年東洋大学と鶴ヶ島市が正式に協定を結んだりとか、4、5年経ってきてプロジェクトがようやく本格的に動いてきて、今は一つの建物の話だけじゃなくて、鶴ヶ島全体の建物をこれからどういう風に再配置していくかとか、かなり総合的なレベルで提言をしていこうとしています。具体的には建物の竣工年数、耐用年数を分析して、どういう順番で再配置していくのがよいのかシミュレーションしているんです。建築単体のレベルからようやく都市のレベルに近づいてきたんです。
都市をどうしたらいいだろうとか、建築家に出来る事はなんだろうってフリーペーパーを作りながら悶々と考えてた頃から比べると、ようやく道筋が出来てきたなと。そういう実感を持ててきたのは去年ぐらいなんですけれども、都市の将来を考えて、総合的な政策のレベルで提言をするアーキテクトのイメージにちょっとずつ近づいてきたかなと。

芦澤:こういうやり方が超線形からの延長でやられていて、学生にとっては分かりやすいだろうし、誰もが共有しやすいプログラムの与え方なんだろうなと思うんだけど、一方で、ルールから離れたい人とか、とんでもない事をやりたい人だとか、そういう人の個性を殺している事にはならないですか。

藤村:そこは常に緊張関係がありますね。こういう事をやり始めた2012年頃は、学生からもすごい反発がありまして、感想のレポートなんかでも「大学は教育の場であってそこで実験を行うとはけしからん」みたいなことを書いてあるんです。

芦澤:(笑)

藤村:「プロジェクトとしては成功しているが、教育としては失敗している」とはっきり書いてあったりして(笑)。学生は、そういうときはやたらと論理的です(笑)。確かに大学というのは教育機関であるのですが、やはり研究機関でもあるので、実験的な授業は例えば4年生だとか、修士だとか、そういう学年であればそれはむしろ積極的に実施するべきだと思います。そういう事を切々と説くんです。それをずっとやっていくと、だんだん先輩から後輩にプロジェクトの意義が受け継がれて、そのうちこういうプロジェクトに憧れて入ってくる新入生なんかも出てくるので、今となってはむしろこれがやりたいという人達が増えてきたんですが、いずれにしても時間はかかりますね。

芦澤:なるほど。全部のカリキュラムを藤村さんのやり方でやろうという事ではないということですね。

藤村:もちろんないです。例えば工藤さんは「もっと自由にやらせたら」と言っていて、僕はいつも手取り足取りやりすぎるって怒られています(笑)。設計教育にもいろんなやり方があると思いますが、先生方でしっかり議論していろんな考え方が折り畳まれてカリキュラムが組まれているので、大学の中での教育の多様性はしっかり維持されていると思います。

平沼:市民参加型っていうのも、凄く今の時代には合っていて、民主制度の中では今の時代に合っているかのように思うんですけど、ある角度で見るとやっぱりちょっと疑いたくもなる所もあるじゃないですか。例えば、責任者が不在になってくるとか。結局、合議制で決めていくプロジェクトについて、建築でもそうですけど、その設計者が不在になっていくっていう所の議論って毎時代やってくる議論があるじゃないですか。藤村さんが、こういうリサーチから引き出された物で、建築空間っていうのをどのように導かれていますか? 結局どこかの時点で決意しなきゃいけない訳じゃないですか。どんな風に決めていっておられているのかなと。

藤村:そうですね、それはとても建築家としてバランス感の求められる所ですけれども。最近、豊川斎赫さんの『群像としての丹下研究室』という本が出たんですね。それが丹下研究室で実際に丹下がどういう風に設計していたかっていう事を関係者の証言など集めてまとめた本なんです。丹下さんのプロジェクトでは、基本的にチームで案出しをしていたんですよね。丹下さんは絶対絵を描かない。ボスが絵を描いちゃうと結論になるので、絵を描かずに議論しながら設計を進める。
例えば代々木のオリンピックプールを設計する時も、磯崎さんは屋根をこうギザギザさせるって案を出していて、神谷さんは吊り屋根案を出す。そういう幾つかのオプションが並んでいて、その中でディスカッションしながら丹下さんが、次の方向をそれとなく示していくと。そういう事をやっていったらしいんですが、丹下さんとかSANAAとか、伊東豊雄さんもそうだと思いますが、そういう事務所っていうのは割とこう、プロセスが似ているんですよね。
それが設計事務所の中で留まっているか、市民に開いちゃうかの差はあるんですが、自分の感覚としては、要するに丹下さんや伊東さんがやるような感じで案をつくっている限りにおいては、それが設計事務所の中で閉じていようが開いていようが、市民がいようがいまいが、同じように出来るんではないかと。だからそんなに他人が入り込んでくる事に対してそんなに警戒しなくていいんではないかという感覚はありますね。

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