平田:少し話が飛びますけど、アルプスに雲がからまっているシーンです 。全体として一個の風景になっていますが、アルプスがなかったら、雲が発生しなかったりして、何もない所になぜかアルプスが生まれて、そのアルプスにまた雲がからまって一つの風景ができている。不思議なことだなと思います。だいたい生き物がいなくてもいい所に生き物が生まれて、更に別の生き物がからまる。生きている世界と生きていない世界の間にあるような シーンなのではないかと思います。生きている世界には本当にいろんなものが随所にからまっている 。
重層しているというか、階層構造になっているというか、生きている世界の豊かな様態が生まれているだろうと。そこに からまって繋がっていくような建築があり得るのではないかと僕は思 います。
そういう視点で人間の都市を考えると、例えば、都市の断面ですが、小腸の柔突起のようにでこぼこしていて、その表面に植物 とか、カラス とか猫 とか、人間もからまっている 。非常に乱暴な単純化ですけれども、もし20世紀の建築というのが、「空間」を作ることだったとしたら、21世紀の建築はどういうものになるのだろうと問いました。20世紀は「空間」を囲いとって、その中をコントロールするという概念でできているのではないか。しかしこれからは、 建築を作るスタンスを少し変えて、 何かがからまるきっかけを最大化することが建築だと捉えてみたらどうだろう? 「空間」ではなく、「からまりしろ」をつくることが建築である、と。
一つの理想形は、 巨大な 樹 の周りに生まれている豊かさです。巨大な樹の表面に、コケとかキノコとか他の植物とか、昆虫とか小動物といった様々な生き物がからまり合ってひとつの世界をつくっています。 そういう豊かさは、樹が生まれる純粋な原理だけできているというより、 互いに異なるものがからまり合って できています 。しかし他方で、その大きな 樹がなかったら、そういうシーンは生まれない。 このときこの巨樹が果たす役割を建築に置き換えてみたい 、というのが僕の1つのテーマです。
1個の小さな住宅をつくるにあたっても、特に最近からまりあいが影響してきますね。一昨年、東京の板橋にできた、家族4人のための小さな住宅です。100uにも満たないような木造3階建ての住宅です。非常に幅の狭い鰻の寝床状の敷地で、ローコストで建てなきゃいけなくて木造でもあるので、ストラクチャーにあまり負担をかけない意味も込めて、敷地の真ん中に3本太い柱をボンボンボンと建てたらどうだろうというところからスタートしました。その柱の周りに階段や床をぐるぐる巻き付いて、からまった床の上に、人の生活がまたさらにからまっていくというような、そういう住宅を考えようとしたのですね。様々な窓から見えるシーンを繋ぐように、生活をつくっていくことを考えました。
3本柱を建て、階段を巻き付ける、ということだけで結構いろいろなパターンが考えられて、意味のあるパターンはほとんどなくて、やっていくと、これとこれとこれぐらいだろうなっていうのがわかっていきます。入口からどういう風に空間が広がっていくかっていうことからスタートするとほぼ決まってきます。入ってすぐ手前に上るようにして1階は低い空間になるか、入ってからパッと広がる空間にして、一度奥に行ってから上る感じにすると、天井が高くなって1階のガレージの所より外のガレージの空間が広くなったり。S字に回り込むのか、素直に回り込むか。関係性が、どう巻きつけるかで決まります。それで、施主さんにその2つを提案したら、入って折り返して中がパッと広がっている方が採用されました。同じイメージをもった生き物を育てるような感じですね。遺伝子というかいろんな種を交配して、選んでいく感じで設計をしました。
奥の水回りの方から入口を見ている写真ですが、上に上っていく階段がパッと開けて、右側に大きな本棚があって、リビングペースはいろんな風に使える感じで、さらに奥にS字を描いて上っていくと、上のスペースに出たらダイニングで、向こうにテラスがあるという感じです。80uにも満たないような小さな空間ですが、3次元的に斜めに視線が抜けるので、非常に広く感じます。距離として斜めの部分だけ特殊です。人間はやはり、立体的な空間の抜けに対して、結構敏感に反応する所があると思います。
最初のオーダーが、全部繋がっていて、階段とかスロープを空間に取り入れてほしいという話だったのです。結果、ひとつの自然環境のような家が出来ました。毎日好きなところに布団を敷いて寝 ているそうです。ピクニックみたいでいいなと思います。夏は暑いので 下の方の階にいることが多く、冬は暖かいので上の方にいることが多いという話も聞きました。 移動しながら生きている動物の群れのような感じがして 、お施主さんは建築家よりもっと自由に空間を住みこなしているなあと感心しました。

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