平沼:それでは、さっそく作品を見せていただいてもいいですか。

藤森:はい。これは僕が45歳の時にはじめて設計した建物です。用途は神主の住宅と史料館です。くわしくは古い縄文時代からの伝統を伝える諏訪大社っていうところの守矢家っていう家の資料を入れるための建物でした。
実はこの建物をつくるときに唯一助けになったのは吉阪隆正さんの文章だったのです。吉阪隆正さんが若い時に書いた文章を手掛かりにこれをつくりました。それはデザインの手法ではなくて、文章の影響でつくっています。
この写真は手割の板とか手で割った石です。ここに4本の柱が屋根から突き出してるのは、この諏訪大社に御柱っていう習慣がある。もの凄く乱暴に柱を立てるような、6年に一度開催される危険な祭りがあって、それを司ってる神官の家の、つまり資料を入れるものだったのです。だから、御柱のイメージで屋根を突き抜いたのです。柱はね、屋根を突き抜いちゃ絶対いけないのです。だから構造的に、ここの柱の部分が腐ってもいいようにはつくっている。
この写真は割板です。とにかく僕は製材した板が嫌で、割って作ってもらいました。これはこれで大変だったんですけどね。
この建物の計画を村の人たちが見たときに、なぜこんなボロい小屋をつくるんだって言われたのですね。市役所に苦情の投書まであったりしました。そのときに僕は、自然素材の問題を本気で考えました。自然の素材と工業製品の比べたときの決定的な違いを考えたときに、やっぱり自然素材ってのは、不規則・不均質だし、偶然があるし、ばらばらであるということ。そしてこの建物は、文化財を入れるための史料館なものですから、構造的にはコンクリートと鉄でしかつくれないのですね。今、重要文化財を入れる新しい建物、木造ではつくれません。そのため、コンクリートで作ってその上を、土と木でカバーするというやり方で設計しました。だから、僕の建物は意外と構造とか骨組みとかではごく普通にある近代的な素材を使っていますし、基本的に近代的な構造なり骨組みなり設備の外側に自然を服のように着せるというやり方をしています。カバーをしている訳ですから、そうすると嘘くさくなるんじゃないかという心配がありました。でもね、結構本気で自然の素材を着せようとやると、あんまり嘘くささは感じなかったのです。ただその自然の素材を被せるってのも苦労の連続ですけどね。最近になって少しは自由にできるようになりました。

つぎの写真は焼杉といって、関東にはない技法です。関西だけの技術で、調べてみると滋賀県から西側にしかない。つまり岐阜県にはないのです。だから明快に地域に応じた技術だったのです。こんなことを調べていくうちに、焼杉の技術を習いに行きました。焼杉屋に聞いたら材の長さが2m以上の材は「焼かない」って言うのですね。また厚さ12mmの杉を3mm焼くと言っていました。僕は焼杉そのものには興味がなかったけど、炭に興味があったのです。炭を建材に使えるってのはとても面白いと思っていて、それで結局20mmの板を10mm、つまり1p 焼いて、それを長さ8mをやってみたら焼けたのですね。もう簡単に焼ける。(笑)はい、それでこの写真のようになったのですね。1p焼くと炭の感じがしました。
この方法で焼いた板を、焼いていない板と1対1の割合で見本を配置していきました。そしたらね、施主が帰ってきてその見本においた板壁をみた途端、これは止めようっていうのです。どうしてかなって思っていたら、ちょうど葬式から帰ってきたところだったみたいで、葬儀の幕だって言われてね。人間って面白いもので、葬式の幕だって思うと、本当に葬式の幕に見えてくる。だから、白い部分の面積を小さくして葬式の幕に見えないようにしているのです。

会場・芦澤・平沼:(大笑)

藤森:あと庭はね。長野県に作った建物で、もう庭をつくるのが嫌になっていたものだから、笹で埋めつくしたのです。意外と世界の建築で草に埋もれた建築って無いのよね。それで、これをやってみてわかったことが、まったく問題がなくて、今となってはね施主がこの笹の上にフトンを干しています。
この笹は、おかめ笹っていう笹で、雑草が生えないし自由に切ってもいいし、切らなくても大丈夫なんですね。たくさん伸びると1mくらいになるんだけど、そこから切っても割と面倒くさくなくていいのです。建物の方は壁が焼杉を貼って屋根は銅板を手で曲げて張っています。何とか金属の感じを前面に出さないように、自分で試行錯誤しながら試したり、開発したやり方ですけどね。
この写真にある先端のヴォリュームを工事中に支えるつっかえ棒を、現場で大工さんが最後までとらないのです。いくら構造的に大丈夫だって言っても、日本の大工さんってね、水平に出るものは梁で出るっていう頭しかないのです。合板を重ねて壁にしていますから、この出ている建物の高さ全体が梁なのです。だから何ら問題がないのです。少し構造が分かる人が見れば全く安全なのだけど、大工さんとなれば、大変でね。ほんとに、今でも大工さんとの戦いはずっと続いています。

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